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 キレストは天を仰いだ。既に太陽は直上を過ぎ、傾こうとしていた。

 昼過ぎには終わると考えていた自分を恥じた。目の前で不安そうに自分を見ている部下達には悪いことをした。撃退され待機している者達にもだ。何をするにしても、まずは彼らに詫びねばなるまい。晋陽のインカムをオンにする。

「114中隊の諸君、待機室にいる者も聞こえるな? 君達に一つ、伝えなければならないことがある」

 帰ってくるのは沈黙のみ。これは自分に対する忠誠によるものか、侮蔑によるものか。今のキレストにはどちらでもよかった。どうでもよくなっていた。やられすぎて一種のパンチドランカー状態になっているのかもしれない。だから、滞ることなく続けた。

「2回の攻撃が失敗した理由は、全て私にある。許してほしい」

 単純な謝罪。ただ、それだけなのに周囲がざわついた。

 キレストという人物は想像される通り、堅物のエリートである。その彼がここまで素直に自らの過ちを認めたことはなかった。部下たちの動揺を感じつつ、自分がしていることは正しいと、キレストはそう確信していた。

「敵は見えない晋陽を探ることはせず、自分を、キレスト如月の戦闘記録を研究したのだろう。だから、ここまでのパターンは全て! 自分が最も行う可能性が高いことを狙われた」

 冷静に考えれば当たり前だ。準備期間があるのに何も調べてこない軍人などいない。調べた上で晋陽があるからと何も対策らしい対策を取らなかった自分達が愚鈍であっただけなのだ。

「故に私が原因なのだ。本当に済まなかった」

 キレストは頭を下げた。謝罪に続いて初めて見る隊長の姿ではあったが、隊員達はただ静かにそれを見守った。

 有り難い。キレストはただそう感じていた。許された訳ではないのだろうが、自分をまだ信頼してくれるということなのだろう。

 この謝罪も、本来の自分であれば決してしなかったであろう。どこまでも傲慢な生き物であったのだなと、過去の自分をも恥じた。だが恥じている時間はない。今しかないのだ。敵が中央まで来ていた事が分かっている今しか、反撃の機会はない。

「であるならば、自分が最も行う可能性が低いことをすればよい。私はそう考えた。その中で最も有益と思われることをすればよいのだ」

 一度深呼吸をする。この策は数が重要だが、最早戦闘可能な隊員は3割を越えるかどうかという人数である。しかし、やらねばならないのだ。

「全員が一丸となり、ただ敵陣に突き進む。罠はセンサー要員を3人で運ぶことでリアルタイムに状況を探り、適宜回避する。敵を発見し次第撃滅せよ」

 場がざわつく。具体的な名称は伏せたが、それはこの指揮官が美しくないと最も嫌う行為であった。その真意を問うために、残った小隊長が進み出る。

「つまり、それは」

「そう、突撃だ」

 言い終わるよりも先にキレストが答える。やはり、と全員が思いつつも同時に疑問が残る。何故それなのか。

「面の制圧をするためには数が足りなさすぎる。しかし点の突破ならまだこちらに分がある。敵がこの戦場の中央に布陣していたままなら、こちらの方が早く本部まで到るはずだ。この一撃で全て引っくり返す」

 キレストは力強く言い切った。この隙に敵が近付いてきている可能性が無いわけではない。しかしそれより早く着けばいいだけだ。ダメだったら素直に負けを認めよう。

「理解したか?」

『Yes, Sir!』

 全員の声が揃った。ここまでの統率がとれたのは初めてかもしれないなと、キレストは誰にも分からないように笑った。

「114中隊突撃!我々にも出来ると見せてやれ!」


/ ※ /


 一方その頃。遠く聞こえる声に耳を傾ける中年が一人。エフナーだ。雑居ビルを元にした建物に僅かな手勢のみを伴って、彼はそこにいた。

「おーおー、盛り上がってるみたいねー」

「何暢気なこと言ってるんですか。早く指示だしてやらないと」

 第4小隊長がそれを諫める。ほぼ形式上の事ではあるが、エフナーがそれを楽しみにしていることを彼は知っていた。

「大丈夫だって、もう守りに入ってるよ、なー?」

「所定の位置に付いたと連絡ありましたー。確認が遅いってオマケつけとけって」

「オーケーオーケー。いやー、若いのがメキメキ育つのを見てるとおじさん嬉しくてねぇ」

「はい、分かりましたから、こっちも準備しますよ」

「へいへい、んじゃ、行きますか」

 その声を合図に、周囲の暗がりから部下達が姿を現す。

「こっちもこれで決めてやるよ、坊や」

 突撃銃を構えて、エフナーは笑った。

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