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 晋陽の進撃はスムーズだった。見晴らしの良い大通りを選んだ上に、二回の進撃で既に粗方の情報は集まっていたからだ。懸念されていた敵の位置もできる限りセンサーの範囲を広げて調査したが、中央よりも自陣側には天陽の影はなかった。ここまではキレストの指示通りである。

 ここからは何が待っているかまだ分からないが、二の轍は踏まない。全員がそう決意を固めていた。慎重にセンサーで索敵しつつ罠が無いことを確認して進む。それでいてその速度は天陽のそれを上回っていた。彼らは集団となることで初めて晋陽のその在るべき姿に辿り着いたのである。

 そうして進んでいるうちに小隊長が違和感に気付いた。中央を過ぎてからは罠が仕掛けられていないのである。相手の今までの手管を鑑みれば、何かしらの罠があって然るべきと思うのは当然のことである。しかし、それがない。敵の姿もない。ということは、考えられる事は一つである。

「敵影を発見! 密集陣形を取っている模様です!」

 想像通りの報告が索敵要員から伝えられた。この通りの突き当たり、倒壊したビルを簡易トーチカとしているとのことだった。今や数に勝る敵が罠を仕掛ける必要性は無いのだ。陣地に籠もって防衛すれば突撃されても勝てる。

『だが、それは天陽同士であればの話だ』

 インカムからキレストの声が聞こえた。小隊長も同意見であった。この晋陽をその程度で止められるはずがないと、纏っている彼ら自身が知っていた。

「では隊長。蹂躙してまいります」

『よろしく頼む』

「はっ!」

 短く答え、さっと拳を挙げた。それを合図に晋陽の行進が止まる。小隊長が拳を開いた。隊員達が突撃銃を構え直す。そしてその手で未だ見えぬ敵陣地を指し示す。

「突撃!」

 僅かな数を残して、弾かれたように晋陽が飛び出す。低く長く跳躍し、失速する直前に接地、再び跳躍する。ある者はそのまま地面を滑るように、またある者はビルの壁面を利用して、狙いを定めさせないためにランダムに軌道を変えつつ縦横無尽に陣地へと迫る。

 敵の有効射程は分かっている。こちらも同じ距離だ。先頭の晋陽がその境を越えた瞬間、銃声が鳴り響いた。しかし晋陽には当たらない。その瞬間には既に移動しているのだ。だがすぐさま弾痕が晋陽に追従する。

 再び回避。避けるだけでも敵の弾薬を消費させることはできるが、それでは意味がない。反撃が必要だ。ビルに隠れている上、周囲の明るさも手伝ってマズルフラッシュで確認する事は難しいが、こちらには重力センサーがある。事前に伝えられていた敵の潜伏先に向かって十数の晋陽が発砲する。同時に敵からの射撃が止んだ。一拍置いて応射が始まった。

 いける。小隊長は確信した。ここに来て自分達が包囲されるようなことになれば厄介だったが、敵は陣地に籠もったままのようだ。索敵しているセンサー使用者からも敵に大きな動きがないことを確認している。このまま進めれば、多少無茶をする必要はあるが、キレストの指示通りで問題無く勝てる。ここにきてようやく上回ることができる。

 射撃を行いつつ移動し、少しずつビルに近付いて行く。距離が近付くにつれて応射も激しくなるが、晋陽の速度も相応に上がっているため被弾率は低い。しかし、こちらも場所が分かっていても位置までは分からない。故に有効射足り得ないのだ。膠着状態に陥ることは敵の思う壷である。こちらは身一つで来ているのだ。その分早く弾薬が無くなる。そうなれば肉弾しか残らないが、それでは負ける。

 だが、キレストはこの状況になることを予想していた。そして、どうすれば良いかも小隊長に伝えていた。後はそれを実行するのみだ。

 小隊長は残った数機の晋陽と共にビルに向かって走り出した。敵の数は把握しており、そのほぼ全てに対して射撃を加えている。対応能力から考えてこれ以上停止線を張る事はできないはずだ。その予想に反して幾らかの射撃を受けたが、いずれも損害は軽微。

 いける。何度目か分からないが小隊長はそう確信した。このまま敵のビルに吶喊……はしない。手前で大きく跳躍し、それを飛び越えた。空中にいる間にセンサーで罠の有無を確認。何もない。遠くに敵の本部があるのみだ。着地と同時に駆け抜ける。

 とにかく早く、少数でも構わないが、敵を制圧してしまえばそれまでだ。後方からの銃撃はない。残った者達が上手く引き付けてくれているのであろう。そのことに感謝しつつ、彼は走り出した。敵の別働隊は無い。ここで仕留めれば、すべてが終わる。

 残り100mを切った。最後の確認だ。これで状況を把握し、一気に制圧する。小隊長が重力センサーを起動する。周囲の建物で働いている重力が、ヘルメット内のモニターに少しずつ表示されてゆく。ここからテントまでの途上にもなにも仕掛けられていない。最後の最後で油断したかのように思えた。好都合だ。そしてテントの内部が映し出される。

 同時に、小隊長の動きが止まった。何事かと疑問に思った随伴兵が同じ様にセンサーを起動し、同じ様に固まった。

「まさか、これは」

 確認せねばとキレスト宛ての通信を開こうとして、その手も止まった。演習の終了を告げるサイレンが鳴り響いていた。

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