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「あなたが何をしようとしてどう成功したかは大体分かりました」
撤収を開始したエフナーをキレストは呼び止めた。どうしても確認したいことがあったからだ。「おう、何が言いたい」
「それでも、どうやって我々の本部を襲撃したか、それだけが分からないんです」
先程の襲撃では自分を含む5機の晋陽が制圧された。ヘルメットを外していた自分はともかくとして、外の4機はどうしたのか。そして何故それに気付けなかったのか。それが明らかにならない限りすっきりと負けられないと、キレストはそう感じていた。「いーや、俺らずっとあそこにいたぜ」
「あそこ?」
エフナーが指し示した場所を目で追う。自分達の本部の、そのさらに向こう、一際高いビルがそこにあった。だが、あそこは演習の範囲外。天陽を着用したままでは「あ」
そこまで考えて、ようやく気付いた。エフナーの格好に。彼らは、天陽を着ていないのだ。ただ己の肉体のみで襲撃を成功させたというのだ。生身で! 晋陽に!「ありえない!」
「んなこたねーよ? お前らずーっとセンサーに集中してんだもんよ。後ろに立ってりゃ弱点狙い放題だったぜ」
「あ」
「加えて、使用している銃は同じもの。例え生身でも数が揃えば装甲を抜ける。道理だろ?」
確かに道理にかなっているが、普通は考えないし実行もしない。「もしそれが露見したらなどとは考えなかったのですか?」
「んーまぁ、そうなったらなったで、おまえさん達の気を散らしてその間にってやるな」
「フラッシュバンでですか? ヘルメットで守られてるのに?」
「お前が言うな」
鮮やかに即答されてキレストは返事に詰まった。あれは油断していただけと言いかけて、止めた。それこそが原因なのだから。キレストが逡巡している様を見て満足したようで、エフナーは笑った。そして第2小隊を呼びつけた。「まぁ、あれがなかったらという想定で話してやるよ」
「お、お願いします」
「そうかしこまるなって。さて、今回俺らが一番して欲しくなかった事は分かるな?」
「まとまった数での突撃です」
鷹揚に頷くエフナー。先程も突撃してきたのだから、これはあくまでも確認だ。「その通りだ。同数で当たれば流石に負けるからな。だもんで色々挑発してお前さんが『いつもと同じ事をするように』仕向けた。ってとこまで分かってるよな」
「ええ、恥ずかしい限りです」
「ま、気にすんな。本番でなかっただけ僥倖と思っとけ」
キレストの背中をバシバシ叩きながら笑うエフナー。唐突にその手を止めると、一回手を叩いた。「でだ、俺の想定では9割がた成功すると考えてたが、1割だけお前が冷静に対処する可能性があった。怒るなよ、今なら5割ってとこなんだからな」
キレストは無言で頷いて答えた。自分を高く評価してくれているのが分かった。「今回は絶対お前を負かしたかったんでな、9割の方にかなり罠を張った。晋陽がすげくて半分無駄になったけどな」
ワイヤートラップとか落とし穴とか色々仕掛けたんだけどなと付け加える。軽く言ってのけるエフナーだが、対照的にキレストの顔色は青かった。どうにかして突破したあれらが倍も存在したことと、それだけのことをしてのける相手を怖ろしく思ったのだ。本当の敵でなくてよかったと、キレストはそう思った。「ただ、1割が当たったら大問題だ。仕込みが全部パーだからな。そこで、どんなにお前さん達が多かろうが気にならなくなる仕掛けを思いついた。とにかく、びっくりさせりゃいいのよ」
分断もできれば御の字、とも付け加え、エフナーは大通りを指差した。キレストは目を凝らして見たが、特に変わったところは見つけられなかった。「どこに仕掛けが?」
「ま、見てろ。細工は流々ってやつだ」
キレストが次の疑問を口にするより速く、エフナーがその指を打ち鳴らした。その瞬間、重く響く音が空気、地面、そしてキレストを揺らした。一体何をと問う前に、キレストは気付いた。次々と目の前の建物が、通りを押し潰さんと倒れてゆくのを。「まさか、あなたは」
「そ、道を塞ぐのさ」
芝居かがった仕草で大通りだった場所を示すエフナー。そこは最早道とは呼べなかった。「こ、こんな、我々を殺す気ですか?」
「こ、ん、な、物着といて死ぬ訳ないだろ。アホか」
エフナーが拳で晋陽を叩く。確かにそうだが、損害を受けないためには全力で回避を行わなければならないだろう。つまりは、その隙を作るための物なのだ。分断できれば、とエフナーは言ったが、これならば確実にできることだろう。そして、例え襲撃に気付くことができても集中は乱れ、各個撃破されたであろうことは想像に難くない。「これなら再び敵が攻めてきても障害物になる。大型兵器でも地上用ならばビルに入り込んで下から狙える。ま、一石二鳥だわな」
「そこまで、考えていたのですか」
「当たり前だ。俺みたいな変わり者を部下は信じてくれている。そして大概俺より先に死ぬ。なら、少しでも満足させて、少しでも多く返してやらないといかん。そのためには考え付くだけ考えて、やれるだけやるのさ。どんなことでもな」
その中には今は想定されていない次の今も含まれる。キレストはそう受け取った。敵わないなと、正直に思った。目の前の今すら満足に見えてなかった自分に比べて、エフナーは全て見えていたのだ。「完敗です。性能テストも演習も」
「身の程が分かればよろしい、と言いたい所だが、性能テストとしては悪くなかったんじゃねーの」
エフナーをもってしても、天陽で勝とうと思えばここまで策を弄する必要がある、ということである。色々言いはしたが、後はセンサーの調整を行えば充分とエフナーは見込んでいた。だがキレストは頭を振った。「どんな状況でも、例えば今回の様な状況でも、天陽に勝てなくては意味がない」
「そりゃそうだがな」
「だから、勝てるまで挑ませてください」
キレストが、頭を下げた。驚いたのは114中隊の面々だけではない。エフナーもそうするとは思っていなかった。「俺に、俺を倒す相手を鍛えろってか」
「鍛えなくて結構。何度でも挑みたい、それだけです」
「同じことだっつーの。あー」
エフナーは決まりが悪そうに周囲を見渡した。部下達は……駄目だ、笑っている。久々に困っている姿がそんなに珍しいかこのやろう。一人そう呟いて、パトロンに目を向ける。駄目だ。摂政執政揃って丸出してる。少しは経費削減しろよと本気で思った。だが事ここに至っては仕方がない。「あー、わあったよ。やってやるよ」
「ありがとうございます!」
満面の笑みでもう一度頭を下げるキレスト。言うが早いか、部下達を集めて演習の継続を伝える。「あーあー。いい年して、負けてあんなに喜んじゃって」
「いい後継ができるんじゃないですか?」
「ま、退屈しのぎにはなるかもな」
その後、エフナーによる何ヶ月もの地獄演習が行われたが、それはまた別の話である。